豊房地区

 シリーズ7回目として豊房地区を取り上げました。市域の南東部に位置し、農業を主体とした生活が行われ、豊房の名もこの地域が安房で最も豊饒な土地であることを意味するものとして、明治22年の豊房村成立のとき命名されました。

 汐入川と巴川・長尾川が形成した谷に集落が散在し、大部分を山林が占める地域で、市域の24.8%にあたる27.33k㎡に、生活する人口は2,928人で、市全体の5.3%にすぎません。

 汐入川の支谷には、東長田や南条の横穴古墳、東長田・出野尾の祭祀遺跡など古代の遺跡や、西長田の千田城、南条の南条城、神余の神余城などの中世の城跡が点在し、長田・神余などを中心に豪族が割拠した様子を伝えています。また真言宗の密教道場として発展した出野尾の小網寺には、中世の文化財が数多く伝来しており、安房の名刹のひとつに挙げられます。

 江戸時代には東長田・西長田・出野尾・岡田・南条・飯沼・古茂口・永代・山荻・畑・神余の11か村があって、飯沼村は江戸時代を通じて府中の宝珠院領で、他は酒井氏・本多氏など多くの旗本の支配が錯綜していました。 明治8年に南条村から大戸と作名が分村し、明治10年には永代・山荻両村が合併して山荻となります。明治22年に12村が合併して豊房村が成立。明治・大正期は磨砂としての白土の採掘が隆盛を極めました。館山市と合併したのは昭和29年のことです。

戸数のうつりかわり

旧町村名 天保
(嘉永)
明治24年 世帯数
昭和35年 平成3年
東長田 52 56 61 63
西長田 52 51 64 60
出野尾 31 36 34 33
岡田 24 24 27 32
南条 大戸 35 42 49 58
南条 48 49 57 131
作名 32 33 34 37
飯沼 12 15 18 19
古茂口 (82) 91 100 99
永代 山荻 7 53 57 52
山荻 42
48 54 60 54
神余 184 239 204 208
合計 (649) 743 765 846