参考文献

「近世村絵図研究」木村東一郎著 小宮山書店 昭和37年
「江戸時代の地図に関する研究」木村東一郎著 隣人社 昭和42年
「村図歴史地理学」木村東一郎著 日本学術通信社 昭和54年
「近世地図史研究」木村東一郎著 古今書院 昭和62年
「日本村落史」木村礎著 弘文堂 昭和53年
「村の語る日本歴史 近世編(1)・(2)」木村礎著 そしえて 昭和58年
「地方史入門」西垣晴次著 新人物往来社 昭和52年
「日本の景観」樋口忠彦著 春秋社 昭和56年
「歴史がつくった景観」浅利勝輔・西田彦一他共著 古今書院 昭和57年
「境と辻の神」萩原秀三郎著 東京美術 昭和63年
「週刊朝日百科 世界の地理037」 朝日新聞社 昭和59年
「房総災害史」千葉県郷土史研究連絡協議会編 千秋社 昭和59年
「式内社の歴史地理学的研究」森谷ひろみ著 昭和52年
「館山市史」 昭和46年
「船形史考」 昭和55年
「豊房郷土誌」 昭和59年
「房州館山の漁村」嶋田駿司著 昭和51年
「館山と文化財 19号・21号」 館山市文化財保護協会 昭和61・63年

展示協力者

 今回の企画展開催及び図録作成にあたり、次の方々よりご協力をいただきました。

海老原斉・広瀬町内会・牧野孝雄・正木太四郎・嶋田駿司・真倉区・山中金次郎・飯沼政治・佐野幸子・飯田忠男・南条区・鈴木益夫・岡田区・山口敬司・出野尾区・槽谷敏夫・山荻区・渡辺四郎・畑区・石井理夫・国分区・鈴木武治・千葉吉男・相浜漁業協同組合・鈴木栄蔵・茂名区・橋本悌次・犬石区・芝田文夫・岡崎孝彦・洲宮区・渡辺広・保田正平・布沼区・吉澤豊・龍崎貢・岡嶋成鑑・竹中すみえ・安西公也・笹子太郎

(順不同・敬称略)

資料一覧

(敬称略)

資  料  名 年代 法量 所 蔵 者 図版
No
船形村絵図 67×136 正木太四郎 6
船形村・多田良村境論絵図 天保10年 47×65 正木太四郎 40
館山湾沿岸村々絵図 享保6年 115×83 嶋田駿司 4
新井浦絵図 安永4年 121×177 嶋田駿司 7
新井浦・館山下町・長須賀村境論裁許絵図 安永6年 176×210 嶋田駿司 39
館山町・長須賀村・北条村三ヵ村絵図 173×210 真倉区 17
大戸村絵図 40×28 真倉区 27
塩見村絵図 寛政5年 85×61 飯沼政治 9
浜田村絵図 27.5×40 龍崎貢 10
波佐間村絵図 文化5年 54×115 佐野幸子 11
坂田村絵図 寛政元年 92×130 海老原斉 12
真倉村・宮城村組二十二ヵ村組合村絵図 41×54.5 海老原斉 3
川名村絵図 28×50 飯田忠男 13
川名村絵図 28×40.5 飯田忠男 14
相浜村絵図 文化7年 124×166 相浜漁業協同組合 5
相浜村・大神宮村・犬石村巴川舟入論裁許絵図 承応3年 138.5×131 相浜漁業協同組合 36
相浜村・大神宮村・布良村浜論裁許絵図 寛保2年 182×212 相浜漁業協同組合 38
布沼村絵図 天保10年 41×28 布沼区 18
洲宮村・茂名村・布沼村浜論裁許絵図 正徳3年 114×169 布沼区 32
茂名村絵図 文化8年 62.5×83.5 茂名区 19
洲宮村絵図 寛政10年 47×116 洲宮区 20
佐野村絵図 46.5×64 保田正平 21
佐野村・犬石村境論裁許絵図 宝永7年 114×162 保田正平 37
犬石村絵図 延享元年 126×63 犬石区 22
大神宮村絵図 39.5×54.5 岡崎孝彦 23
相浜村・大神宮村・犬石村巴川舟入論裁許絵図 承応3年 63×91 岡嶋成鑑 34
畑村絵図 天明2年 134×159 畑区 31
畑村・神余村山論裁許絵図 宝永2年 143×187 畑区 41
山荻村絵図 28.5×40.5 山荻区 29
山荻村検見差出絵図 文政7年 41×27.5 山荻区 43
南条村絵図 天保8年 47.5×65 南条区 28
南条村三郷山林新畑絵図 文政4年 189×150 南条区 45
東長田村絵図 55×77.5 安西公也 30
出野尾村絵図 明治7年 28×39 出野尾区 26
岡田村絵図 28×39 岡田区 24
安房神社往還図 33×48 岡田区 25
国分村絵図 明治2年 51.5×39 国分区 15
瀧川用水絵図 40×27 国分区 16
国分村検見差出絵図 嘉永5年 34×48 国分区 42
広瀬村・腰越村・国分村・高井村四ヵ村入会地約定絵図 明治10年 140×113 広瀬町内会 44
柏崎浦絵図 93×94 竹中すみえ 8
関東八ヵ国絵図 212×207 館蔵 1
房州図 天保2年 62×88 館蔵 2
高札 文久3年 36.5×89 館蔵
綱吊り(和田町小川) 笹子太郎制作

  45.南条村三郷(南条・大戸・作名)山林新畑絵図 文政4年(1821)

 こちらは南条村の内大戸村・作名村と親村南条村の三郷入会山の内を新畑として開くにあたり、領主白河藩の役所へ新畑開発を届け、役人の検分を受け、耕作に差し障りのないよう管理していくことを三郷で約し、取り交わした際に作成したものである。領主御林・百姓山・他村山・入会山などが区別されて表現してある。

南条村三郷(南条・大戸・作名)山林新畑絵図 文政4年(1821)
189×150 南条区蔵

  44.広瀬村・腰越村・国分村・高井村四カ村入会約定絵図

 広瀬村・腰越村・国分村・高井村四カ村入会約定絵図(大貫村地内) 明治10年(1877)

 こちらは明治10年に、広瀬村・腰越村・国分村・高井村の4ヵ村が朝夷郡大貫村内の小松寺周辺山林を秣場として入会利用することについて、その範囲を大貫村を含めた5ヵ村で取り決めた際の絵図である。これら4ヵ村は山林を持たない平地の村であるため、若干距離はあるもののその利用許可を求めたのであろう。

広瀬村・腰越村・国分村・高井村四カ村入会約定絵図
140×113 広瀬町内会蔵