参考文献

『日本城郭体系6 千葉・神奈川』 新人物往来社 昭和55年
『房総里見水軍の研究』千野原靖方著 崙書房 昭和56年
『週刊朝日百科日本の歴史21 中世Ⅱ-10 城』 朝日新聞社 昭和61年
『発掘された葛西城』 葛飾区教育委員会 昭和61年
『日本史小百科24 城郭』西ヶ谷恭弘著 近藤出版社 昭和63年
『季刊考古学第26号 特集戦国考古学のイメージ』 雄山閣 平成元年
『戦国大名里見氏』千野原靖方著 崙書房 平成元年
『千葉城郭研究第1号・第2号』 千葉城郭研究会 平成元・4年
『千葉史学第18号 特集・発掘された房総の中世城館跡』 千葉歴史学会 平成3年
『房総戦国土豪の終焉』伊藤一男著 崙書房 平成3年
『中世の城と考古学』 新人物往来社 平成3年
『戦国の城(上)』西ヶ谷恭弘著 学習研究社 平成3年
『上総久留里城』 君津市教育委員会 昭和54年
『館山城跡調査慨報<第1次~第3次>』 館山城跡調査会 昭和53~55年
『館山城跡鹿島堀発掘調査報告書』 館山城跡鹿島堀調査会 昭和59年
『館山城跡第4次調査報告書』 第4次館山城跡調査会 昭和62年
『一宮城跡城之内遺跡』 山武考古学研究所 昭和59年
『真理谷城跡』 木更津市教育委員会 昭和59年
『真理谷城跡』 君津郡市文化財センター 昭和60年
『金谷城跡』 君津郡市文化財センター 昭和63年
『長南城跡』 長生郡市文化財センター 平成3年
『長南城跡確認調査報告書』 長南町教育委員会 平成5年
『千葉県中近世城跡研究調査報告書第1集-佐貫城跡・本佐倉城跡』 千葉県教育委員会 昭和56年
『千葉県中近世城跡研究調査報告書第4集-稲村城跡・臼井城跡』 千葉県教育委員会 昭和59年
『千葉県中近世城跡研究調査報告書第5集-大崎城跡・万木城跡』 千葉県教育委員会 昭和60年
『千葉県中近世城跡研究調査報告書第6集-佐是城跡・岡本城跡』 千葉県教育委員会 昭和61年
『千葉県中近世城跡研究調査報告書第9集-東金城跡・城山城跡』 千葉県教育委員会 平成元年
『千葉県中近世城跡研究調査報告書第10集-椎津城跡・大堀城跡』 千葉県教育委員会 平成2年
『千葉県中近世城跡研究調査報告書第12集-峰上城跡』 千葉県教育委員会 平成4年
『研究連絡誌第37号』 千葉県文化財センター 平成5年

協力者一覧

 今回の特別展開催および図録作成にあたり、多くの皆さまに多大な御協力をいただきました。ここに御芳名を記し、その御好意に対し深甚なる誠意を表します。

秋山篤田・井口崇・石井博・石川良泰・石田鶴治・磯貝幸彦・井上亨海・大曽根和夫・大野康男・粕谷周平・桂嶽孝雄・神谷徳治・亀井教宝・河辺堯信・神田宥賢・菊池眞太郎・楠見正道・小柴敏一・真田文子・柴田龍司・白井聡明・新藤康夫・椙山林継・多賀大郎・高梨俊夫・滝川恒昭・武田信孚・谷口栄・津田芳男・土井義夫・遠山成一・戸倉茂行・鳥海文也・鳥海百合子・行方春吉・蓮波秀雄・半澤幹雄・平野雅之・福原伝司・星野和夫・松岡進・丸井敬司・宮沢賢臣・本吉正宏・森田善宏・安田高次・山本昭一・渡辺智信

小高神社・白山神社・青木観音堂・安国寺・笠森寺・清水寺・光源寺・光明寺・正源寺・青竜寺・東長寺・那古寺・般若寺・法蓮寺・天津小湊町町史編さん室・一宮町教育委員会・葛飾区郷土と天文の博物館・木更津市教育委員会・國學院大學図書館・国立公文書館・袖ヶ浦市教育委員会・千葉市立郷土博物館・千葉県文化財センター・千葉県立安房博物館・千葉県立総南博物館・長生郡市文化財センター・東京国立博物館・八王子市教育委員会・八王子市郷土資料館・富津市教育委員会・防府毛利報公会・毛利博物館

(順不同・敬称略)

展示資料目録

(敬称略)

【1】戦国時代の城と生活

資料名 所蔵者
1. 葛西城跡出土遺物
鉄鏃、小柄、白磁皿、青磁皿、染付皿・碗、天目碗、灰釉皿、鉄釉皿、瀬戸坩、カワラケ、漆器椀、すり鉢、箸、櫛、骨製笄、下駄、自在鉤、茶臼、サイコロ、将棋駒、人形・木札(卒塔婆)・板碑・頭骨
葛西区郷土と天文の博物館

【2】房総の城

資料名 所蔵者
2. 八代文庫古城図(12枚) 國學院大學図書館
3. 毛利文書「関東八洲城之覚」(天正18年)写真 毛利博物館

【3】里見氏の城

資料名 所蔵者
<白浜城>
4. 上野文書「里見義豊書状」 館山市立博物館
5. 木造賓頭盧尊者坐像(永禄6年){高40cm} 白浜町青木・観音堂
<久留里城>
6. 木造里見義堯坐像{高19cm} 君津市久留里市場・正源寺
7. 「上総国久留里記」 国立公文書館内閣文庫
<佐貫城>
8. 懸仏(文明9年){径15cm} 富津市亀田・安国寺
9. 木造不動明王坐像(天文8年){高86cm} 富津市亀田・安国寺
10. 木造賓頭盧尊者坐像(天正15年){高34cm} 富津市亀田・光源寺
<岡本城>
11. 岡本城跡出土白磁・青磁・染付片、常滑甕片、カワラケ片 千葉県文化財センター
12. 岡本安泰奉納祝詞(天正17年) 館山市那古・那古寺
<館山城>
13. 上野文書「里見義頼書状」 館山市立博物館
14. 本多定勝・嶋田重次連署書状(慶長19年) 和田町仁我浦・石田鶴治
15. 館山城跡出土遺物
白磁片、染付碗片、灰釉小皿、淡黄緑釉茶碗、天目碗片、カワラケ、緑釉小皿片、灯明皿片、ほうろく片、土錘、石臼片、瓦片、刀子片、
館山市立博物館
16. 白磁四耳壷、常滑甕、褐釉柏葉文瓶子、片口鉢 東京国立博物館

4】里見氏ゆかりの城と土豪たち

資料名 所蔵者
<金谷城>
17. 金谷城跡出土遺物
白磁碗片、青磁片、染付碗片、天目茶碗片、鉄釉小皿、灰釉小皿、常滑片、陶器片、卸皿片、すり鉢片、カワラケ、石臼片、土錘、刀子、鉄製装飾具、掘立柱建物跡出土柱材、古銭
富津市教育委員会
<峰上城>
18. 峯上之城摩利支天鰐口(天文2年){径16cm} 富津市上後・石井博
19. 真里谷全芳奉納鰐口(天文8年){径30cm} 富津市岩坂・椙山林継
20. 真里谷全芳奉納鰐口(天文11年){径25cm} 富津市長崎・白山神社
21. 仏胴胸取五枚胴具足(伝吉原玄蕃助所用甲冑) 富津市梨沢・鳥海文也
22. 菊花双鶴鏡・刀・槍(伝吉原玄蕃助所用) 館山市立博物館
23. 鳥海文書「北条氏印判状」(天文23年) 館山市立博物館
<真里谷城>
24. 真里谷城跡出土遺物
白磁片、青磁片、染付碗・皿片、天目茶碗、灰釉小皿、緑釉壺片、褐釉耳付壺片、常滑甕片、カワラケ、耳カワラケ、すり鉢、線刻硯片、笄、古銭、小札、鉄鏃、飾鋲、炭化米、炭化物(オニグルミ・大豆・小豆・大麦・塊)
木更津市教育委員会
<笹子城>
25. 彩色板仏(天文17年){縦46cm×横28cm}4面 袖ヶ浦市滝ノ口・小高神社
26. 「群書類従巻三百八十六(ささこおちのさうし・なかおおちのさうし)」 国立公文書館内閣文庫
27. 笹子城跡出土遺物
白磁皿片、青磁皿片、染付皿片、天目釉碗片、灰釉小皿、常滑甕片、カワラケ、卸皿、茶入片、瓦質香炉、錆釉擂鉢、内耳鍋片、羽釜片、硯、笄、錘、小刀、水晶製五輪塔、独鈷杵
千葉県文化財センター
<椎津城>
28. 三浦文書「北条氏政書状」 千葉市立郷土博物館
<池和田城>
29. 大身槍{長57cm} 長柄町船木・多賀太郎
30. 木造薬師如来坐像(永正元年)写真 市原市池和田・光明寺
<万木城>
31. 上野文書「佐竹賢哲書状」 館山市立博物館
32. 万木城跡出土 青磁皿片、染付碗片、灰釉碗片、鉄釉陶器片、褐釉茶壺片、常滑甕片、カワラケ片、炭化米 千葉県文化財センター
33. 朽葉糸素懸威最上胴具足(伝土岐家臣大曽根右馬允所用甲冑) 岬町押日・大曽根和夫
34. 木造阿修羅王立像(天文19年){高42cm} 岬町鴨根・清水寺
<土気城・東金城>
35. 「土気東金両酒井記」 国立公文書館内閣文庫
<長南城>
36. 市原市古市場・武田信孚
37. 三十二間筋兜 市原市古市場・武田信孚
38. 黒糸肩裾取威胴丸、兜、小具足(伝武田家臣白井河内守所用甲冑) 長南町地引・白井総明
39. 長南城跡出土 天目片、常滑片、カワラケ片、すり鉢片、鉄鏃、鉄砲玉写真 長生郡市文化財センター
<小田喜城>
40. 青銅製茶湯器{径10cm×高6cm} 大多喜町田丁・東長寺
41. 懸仏{高13cm} 大多喜町横山・青竜寺
42. 正木信茂書状 三芳村増間・真田文子
<一宮城>
43. 一宮城跡出土遺物
白磁皿、白磁碗片、青磁皿・碗片、青白磁陰刻花文瓶子片、常滑甕片、ほうろく片、カワラケ、硯片、刀片、鍔、切羽、はばき、小札、縁金具、鉄砲玉、鉄釘、火打鎌、古銭、炭化物
一宮町教育委員会
44. 絹本著色地蔵菩薩画像 岬町椎木・般若寺
45. 日学覚書(天正4年) 館山市上真倉・法蓮寺

  <勝浦城>

 勝浦市勝浦にある細長く海へ突き出た八幡岬の先端に取り立てられた、標高40mのまさに海の城である。先端に三つの郭が並び、北西部の浜に船が係留された。湾の対岸の岬には勝浦の属城吉字城があった。

 天文7年の国府台合戦以降に正木時忠が武田氏から攻め取った城である。小田喜の正木氏と一族で、里見氏の上総計略の一翼を担っていたが、永禄7年(1564)突然里見氏を離反し、後北条氏についた。天正5年(1577)の北条氏と里見氏の和睦によって帰順する。時忠・時通・頼忠と在城したが、小田喜城同様、城は天正18年徳川氏に接収された。

勝浦城跡(勝浦市)

勝浦城跡(勝浦市)

2.上総国夷隅郡勝浦古城之図
國學院大學図書館蔵

2.上総国夷隅郡勝浦古城之図

  <一宮城>

 一宮町一宮にある標高20mの小丘陵上にあり、一宮川の南岸に位置する。字城ノ内といい、近世後期に一宮藩加納氏の陣屋が設けられるが、発掘調査によって、中世の建物址・水路・池などの遺構が確認されている。また焼土層や火災痕のある中国磁器・かわらけ・古銭などが出土しており、一度城が焼失していることが確認されている。

 永禄7年に勝浦の正木時忠が里見氏を離反したとき、同族の正木大炊助が拠る一宮城を落としたが、その際隣接する上総一宮の玉前神社が兵火にかかったと伝えられている。

 以後北条方の拠点となり正木藤太郎が在城するが、後北条氏との和睦以後はふたたび里見氏の属城となり、天正18年には里見義康の領分として鶴見甲斐守が在城している。

一宮城跡(一宮町)

一宮城跡(一宮町)

43.一宮城跡出土遺物
(一宮町教育委員会蔵)
陶磁器片

43.一宮城跡出土遺物
ほうろく片・常滑甕片

ほうろく片・常滑甕片

カワラケ・耳カワラケ・火災痕のあるカワラケ片

カワラケ・耳カワラケ・火災痕のあるカワラケ片
硯片

硯片

高度の熱により密着した古銭

高度の熱により密着した古銭
炭化木片

炭化木片

鉄砲玉

鉄砲玉
刀子・小札・刀装具・火打鎌

刀子・小札・刀装具・火打鎌

鉄釘

鉄釘
44.絹本著色地蔵菩薩画像

44.絹本著色地蔵菩薩画像
  般若寺蔵

45.日学覚書  法蓮寺蔵
45.日学覚書  法蓮寺蔵

  <小田喜城>

 その位置については、大多喜町大多喜にある標高73mの近世大多喜城とその北方1kmにある泉水の根古屋城との二説がある。夷隅川を臨む地にあり、天文13年正木時茂が武田朝信から攻め取って以来、東上総支配のための正木氏の最大の拠点となった。時茂・信茂・憲時・時堯(時茂)と在城し、里見氏による上総経営の片翼を担ってきたが、秀吉により上総が収公されると、正木氏は安房へ引き移り、城は徳川氏に接収された。

40.青銅製茶器

40.青銅製茶器
東長寺蔵

41.懸仏
青竜寺蔵

41.懸仏
42.正木信茂書状

42.正木信茂書状
真田文子氏蔵
(右 端裏)

  <長南城>

 長南町長南にある標高45m~72mの丘陵に位置している。一宮川の支流が縦横に走る痩せた尾根の丘陵地帯である。

 15世紀の中頃、武田氏による東上総支配の拠点として取り立てられたとされる。一族の武田信道の子孫が長南武田氏として本宗家から自立した道を歩んだため、天文期の内紛にも巻き込まれず、里見・正木氏の上総進出にあっても独立した立場を維持した。

 丘陵細尾根に堀切や連続した腰曲輪を構築しているが、地形的に広大な平坦面が作れないため、主要建造物を谷部に建てたと考えられている。長南武田の本城にふさわしい、谷部を取り込んだ大規模な城郭であった。

 武田氏も里見氏と後北条氏とのあいだを揺れ動いたものと思われる。弘治4年(1558)には支配下に置いた池和田の衆と安房清へ軍勢を進めているが、小田喜の正木憲時と姻戚関係にあったりもする。しかし天正18年には後北条氏と運命をともにした。

長南城跡(長南町)

長南城跡(長南町)

36.鐙
武田信孚氏蔵

36.鐙
37.三十二間筋兜

37.三十二間筋兜
武田信孚氏蔵

38.黒糸肩裾取威胴丸、兜、小具足
(伝武田家臣白井河内守所用)
白井聡明氏蔵

38.黒糸肩裾取威胴丸、兜、小具足
39.長南城跡出土遺物

39.長南城跡出土遺物
(長生郡市文化財センター蔵)
長南城跡出土カワラケ片・常滑片・天目片・すり鉢片

鉄鏃・鉄砲玉

鉄鏃・鉄砲玉

  <土気城・東金城>

 土気城は千葉市緑区土気町の標高100mの丘陵にあり、東金城は東金市台方の標高42mの丘陵端に所在する。ともに酒井氏の城である。酒井氏は千葉一族の原氏に属し、後北条氏に従っていたが、永禄7年の国府台合戦での不忠をそしられて以来、里見氏に一味するようになった。後北条氏にしばしば攻囲されるが、同時期に勝浦正木氏の離反にあっていた里見氏の支援を頼めず、関東の反北条勢力が劣勢になった天正4・5年頃に再び後北条氏に帰順した。そして天正18年、後北条氏に属したため戦後蟄居、城は廃城となる。

土気城跡(千葉市)

土気城跡(千葉市)

2.上総国山辺郡土気古城之図
國學院大學図書館蔵

2.上総国山辺郡土気古城之図
35.土気東金両酒井記

35.土気東金両酒井記
国立公文書館内閣文庫蔵

2.上総国山辺郡東金古城之図
國學院大學図書館蔵

2.上総国山辺郡東金古城之図