【2】富士山の南と北 -富士への信仰の歴史-
 1.富士山の登山口

 富士登山が記録として現れるのは12世紀頃のことです。日本の主な山がそうであるように、富士山も神聖な山として古くから崇拝され、この頃の登山者とは、悟りを得るために山中で修行する修験(しゅげん)の行者たちでした。室町時代以降、一般の人たちも参詣という形で登山をするようになり、江戸時代には富士講の大流行によって、大勢の人が富士山を訪れます。

 登山口としては、須走(すばしり)、大宮(おおみや)、村山(むらやま)、須山(すやま)、吉田(よしだ)、河口(かわぐち)の6ヶ所が知られていますが、各登山口の盛衰は、富士信仰の移り変わりと密接に関係しています。ここでは南北の登山口を代表する3ヶ所から、信仰の歴史をたどってみましょう。

富士山への登山口

富士山への登山口

【1】安房から見た富士のすがた

 浦賀水道に面した安房の海岸からは、対岸に雄大な富士山の姿を望むことができます。直線距離で約100km。海の向こうに見える富士山は、安房の人たちにとって慣れ親しんできた景色のひとつでしょう。

 さて、安房を描いた絵画のなかには、たびたび富士山が登場します。江戸時代の錦絵や海防関係の絵図、明治時代の案内図など、背景にさりげなく、しかし存在感をもって富士山が描かれています。

 ここではまず、こうした絵画をとおして、身近な景観としての富士山を見てみましょう。

2 うちわ絵「房州保田海岸」

2 うちわ絵「房州保田海岸」
菱川師宣記念館蔵

1 富士見十三州輿地之全図(部分)
1 富士見十三州輿地之全図(部分)
当館蔵
3 富士三十六景 房州保田ノ海岸

3 富士三十六景
房州保田ノ海岸
当館蔵

6 房州鏡浦略図

6 房州鏡浦略図
当館蔵

4 安房国鋸山日本禅寺真景方角図絵
4 安房国鋸山日本禅寺真景方角図絵
当館蔵
5 房州大房洲ノ嵜御台場図   船橋市西図書館蔵(無断転載禁止)
5 房州大房洲ノ嵜御台場図   船橋市西図書館蔵(無断転載禁止)
8 和泉式部小式部霊塔 境内ヨリ鏡ヶ浦跳望之図

8 和泉式部小式部霊塔
境内ヨリ鏡ヶ浦跳望之図
   船橋市西図書館蔵
    (無断転載禁止)

 那古寺が明治34年(1901)に発行した銅版画で、館山市那古の潮音台から鏡ヶ浦を見た図。よくみると右頁の絵馬の図柄はこれにそっくりで、このように既成の版画などが絵馬のデザインとしてはしばしば利用される。

7 鏡ヶ浦図

7 鏡ヶ浦図
当館蔵

9 安房国真景図絵馬
9 安房国真景図絵馬
岬町・飯縄寺

目次

【1】安房から見た富士のすがた
【2】富士山の南と北 -富士への信仰の歴史-
  1.富士山の登山口
  2.富士の教えとその広まり
【3】安房から富士山へ -記録のなかの富士参り-
  1.富士山登山口に残る記録
  2.安房からの富士参り道中
【4】大願成就の大先達たち
  1.先達とは何をする人か
  2.大先達・栄行真山
【5】安房のなかの富士山 -センゲンサマと富士講-
  1.安房に広まった富士講
  2.センゲンサマは地域の富士山
参考資料『栄行真山自伝』
展示資料一覧

ご挨拶

 良く晴れた日に、海を隔ててくっきりとうかびあかる富士山の姿は、安房に住む者なら誰でも一度は目にする印象的な光景です。

 富士山への信仰は、富士山を仰ぎ見る場所で、富士山そのものを拝むことから始まったといいますが、この安房の各地には、富士山を望む小高いところに「センゲンサマ」とよぶ富士の神様がまつられ、場所によっては富士山の山開きにちなんだ行事が続けられています。

 また江戸時代から明治時代にかけて、安房からもたくさんの人が富士山へお参りに出かけました。そうした中には、今とは全く異なる交通事情であるにもかかわらず、百回以上も登山をくり返した熱心な人もいるのです。

 現代のように登山がレジャーとなる以前、富士山は信仰の山であり、登山はすなわち修行そのものでした。彼らは富士山の何に魅かれ、何を求めて登山をくり返したのでしょう。

 この展覧会は、身近に見える富士山と安房とのつながりを、富士への信仰を切り口として改めて見つめなおそうと企画いたしました。富士をめざした人たちが残した数々の資料から、安房の中に生きている富士信仰のすがたを知っていただく機会となれば幸いです。

 本企画展の開催にあたり、多くの方々からさまざまな情報をいただき、また貴重な資料をご出品いただきました。ご協力を賜りました皆様に、厚くお礼申し上げます。

平成7年10月7日
館山市立博物館長 松田昌久

凡例

  • この図録は、平成7年10月7日から11月19日まで館山市立博物館が開催する企画展「富士をめざした安房の人たち」の展示図録です。
  • この図録の図版番号は展示番号と一致しますが、展示資料の一部について図版掲載を割愛しました。また図版掲載されているもので展示されない資料もあります。
  • 資料の名称は展示テーマに従い選定したため、指定名称・管理名称と必ずしも一致しません。
  • この展覧会の理解のため、参考資料として『栄行真山自伝』の全文を掲載しました。 
  • 展覧会に出品いただいた方、開催にあたりご協力いただいた方については、巻末の協力者一覧に掲載させていただきました。
  • この展覧会の企画、および図録の編集・執筆は学芸員山本志乃が担当し、文書資料および参考資料『栄行真山自伝』の解読は学芸係長岡田晃司が行いました。