【2】殖産興業への準備1 ―税制と金融の変革―

 明治政府は近代国家としての国力増強のため、「殖産興業」をスローガンにしました。そして近代産業を興すための財政基盤づくりに向けて、安定した税収を得るための大改革を断行します。それが地租{ちそ}改正でした。これは徴収額が不安定だった江戸時代までの米納年貢に対して、土地の私的所有を認めることで土地を基準にした「地租」を金納させ、それを全国一律に義務付けるという税制改革でした。

 また産業の育成にあたっては、殖産興業に向けた資金供給も必要でした。金銀銭の三貨が流通していた江戸時代は交換比率が変動して複雑だったため、まず金貨を基本とした金本位の貨幣制度に統一しました。明治5年(1872)から始まった「円」通過の流通です。さらに産業資金を供給するための銀行を認可しました。安房郡でも明治29年(1896)の安房銀行誕生を皮切りに、明治30年代には次々と私立銀行が設立されていきました。

12.地権之証</br> 明治6年(1873年) 犬石区蔵
12.地権之証
明治6年(1873) 犬石区蔵
17.房州銀行</br> 大正11年(1922年)
17.房州銀行
大正11年(1922)
当館蔵