身の丈にあった暮らしを心がける馬琴は、文筆の邪魔と来客を嫌い、人付き合いが悪かったといいます。偏屈で社交的ではないとされていますが、孫の太郎だけには別のようでした。それは長子宗伯(そうはく)が亡くなって、滝沢家の大事な跡継ぎは太郎だったからです。
また武士の家に生まれながら、戯作者となったことに対しての心のわだかまりがあったのかもしれません。そのため将来のことを案じて太郎の為に鉄砲組同心の御家人株を買い与えようとします。費用を捻出するために、『南総里見八犬伝』の版元丁子屋などの勧めにより、本当は嫌でたまらない書画会を柳橋の万八楼で催して、短冊や扇面をしたためています。さらには将軍日光参詣のお供をする太郎に十匁筒鉄砲をねだられて、ついには大切な蔵書類まで売り払うことになります。
馬琴覚え
馬琴が伊勢の友人殿村篠斎(とのむらじょうさい)に宛てた領収書。
篠斎は馬琴の理解者で、馬琴は友とした。