観光地の自覚

 ところで、観光という言葉は、中国の『易経』にある「観国之光」(国の光を観る)が語源で、他国へ行きその国の文物制度を観るとともに、自分の国の文化を示すことだといいます。明治時代に「観光」の言葉が使われたときも、外国人旅行者の受け入れに際して使われていました。「観光」という言葉が一般化するのは昭和になってからで、使われ方も国内旅行者にたいしても使われるようになっていきます。

 昭和5年(1930)に日本の旅行業の中心にある鉄道省に国際観光局ができた頃、産業政策としての観光事業への取り組みが注目されるようになりました。千葉県ではこのころに県内観光地の紹介機関として房総観光協会が設立されます。また千葉石版印刷所を経営する由良保三が千葉県観光社を興して、旅行サービス業を始めるのもこの頃です。由良は昭和6年に『房総の観光』を出版しますが、観光客・観光地・観光の勝地などと、それまでの旅行案内書にみられなかった「観光」の語を頻繁につかって、このことばの普及をはかっているようです。

 こうした広域の観光関連団体の誕生にあわせるように、これまで房州という地域単位で出ていた旅行案内書が、この頃から房総全域を単位としたスタイルで出版されることが多くなります。

 県の担当課でも旅行客を誘引することがその土地の発展策であると考えるようになっていました。こうした状況をうけて各市町村にも観光協会が作られるようになっていったと思われます。昭和10年前後には館山北条町と那古町にも観光協会ができていました。観光地の宣伝とともに接客側の理解を促進していく役割を果たしていたのでしょう。

90.房総観光協会発行の栞

90.房総観光協会発行の栞
個人蔵

92.房総の旅行案内書

92.房総の旅行案内書
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90.那古町の栞 91.館山北条町の栞

90.那古町の栞 個人蔵
91.館山北条町の栞 当館蔵