田中藩時代の天保8年(1837)、時の藩主正寛(まさひろ)は藩士教育の振興のため、水戸弘道館にならって、学問と武術両道の教場として藩校日知館を創設しました。移封後も白浜村に藩立学校を設置し、北条村と北朝夷村には分校をおいて、藩士のほか地元民の子弟も入学させました。藩校での稽古は文学・兵学・医学・素読・習字・算学などの学問と、弓術・馬術・槍術・剣術・砲術・柔術などの各種武術が行なわれました。また長尾藩校では手力雄神社(館山市大井)の神官石井昌道が肝煎として地元子弟の教育に貢献したこともよく知られています。

箪笥
個人蔵

こうり
個人蔵

箪笥
個人蔵

弁当箱
個人蔵

陣羽織
個人蔵

香炉
個人蔵

裃
個人蔵

わらじ
個人蔵

陣笠
個人蔵

陣笠
個人蔵

陣笠
個人蔵

陣笠
個人蔵

長沼流兵学免許
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采配
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甲冑
個人蔵

旗印
丸に立葵の紋は本多家の家紋
個人蔵

甲冑
個人蔵

新八条流馬術免状
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あぶみ
個人蔵

くつわ
個人蔵

鞍
館蔵

馬印(魁之画)
個人蔵