西暦 | 年号 | 主な出来事 | |
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1766年 | 明和3年 | 江戸の其日庵三世素丸の『旦暮帖』に安房の6連の句が載る | |
1787年 | 天明7年 | 平郡本織村(三芳村)の関口瑞石、句集『竹の友』を刊行 | |
1790年 | 寛政2年 | 5 | 平郡元名村(鋸南町)の岩崎児石、日本寺に其日庵二世馬光の句碑を建立し、五十回忌取越し追善集『霞の碑』を刊行 |
7 | 朝夷郡平磯(千倉町)の砂旭、杉風著の『冬かづら』を復刻。砂旭の追善集『続冬かづら』も同時刊行 | ||
1793年 | 寛政5年頃 | 本織村の関口瑞石、二世白兎園宗瑞社中の竹之友連で平郡亀ヶ原村(館山市)の新御堂に芭蕉句碑を建立 | |
1802年 | 享和2年 | 朝夷郡平磯村(千倉町)観養院の宗拱、境内に江戸の俳人で師である採茶庵梅人の一周忌に梅人塚を建立 | |
1803年 | 享和3年 | 冬 | 朝夷郡久保村(千倉町)の井上杉長、師採荼庵梅人の遺句集『水の音』を刊行 |
1806年 | 文化3年 | 小林一茶、平郡勝山村(鋸南町)の醍醐買明のもとへ逗留 | |
1807年 | 文化4年 | 平磯村の山口郁賀・観養院宗拱、句集『花声集』を刊行 | |
冬 | 久保村の井上杉長・平磯村の山口郁賀・観養院宗拱、朝夷郡安馬谷村(丸山町)の芝英園莫非ら安房の門人が、師梅人の遺句集『梅人句集』を刊行 | ||
1809年 | 文化6年 | 6 | 勝山村の呂風、朝夷郡大井村(丸山町)の大徳院に芭蕉句碑を建立し、句集『苔むしろ』を刊行 |
1811年 | 文化8年 | 1 | 長狭常磐連の『春帖』刊行 |
1815年 | 文化12年 | 11 | 小林一茶、勝山・久保・本織・保田を遊歴し、井上杉長などと交流する |
1816年 | 文化13年 | 久保村の井上杉長・安房郡岡田村(館山市)の其則、朝夷郡川合村(千倉町)地蔵院の也草遺句集『昨露集』を編む | |
1817年 | 文化14年 | 4 | 小林一茶、保田・本織・久保・本織・勝山を遊歴し、杉長の瓢庵で句座をもつ |
1818年 | 文政1年 | 天津村出身の遠藤雉啄が、相模国大磯の俳諧道場鴫立庵の九世庵主となる | |
1822年 | 文政5年 | 3 | 安馬谷村の竹由、村内の福性院に師井上杉長の句碑を建立 |
1823年 | 文政6年 | 平磯村の観養院宗拱が編んだ句集『摩尼屑』が、宗拱七回忌にあわせて山口郁賀の校正で刊行される 朝夷郡平館村(千倉町)石井平雄、安馬谷村の竹由の句集『竹由発句集』を編む 安房郡竹原村(館山市)の彡戒・安房郡山本村(館山市)の文守・朝夷郡白浜村(白浜町)の里遊ら、平郡那古寺(館山市)に芭蕉句碑を建立 |
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1825年 | 文政8年 | 12 | 平郡不入斗村(富山町)の心画、同郡船形村(館山市)大福寺の臥猪庵露守を撰者として村内の湯浴堂に句額を奉納 |
1827年 | 文政10年 | 2 | 旭守が催主となり、平郡金尾谷村(富浦町)の雨律庵文茂の撰で、同郡宮本村(富浦町)不動堂に句額を奉納 |
3 | 平郡大崩村(鋸南町)満蔵寺の買風、境内に江戸の俳人で師である其日庵三世素丸の句碑を建立し、『稲碑集』を刊行 | ||
1832年 | 天保3年 | 平郡市井原村(鋸南町)が催主となり、村内の八幡神社に五世雪中庵対山の撰で句額を奉納 | |
1833年 | 天保4年 | 秋 | 井上杉長の門人平館村の石井平雄・朝夷郡千田村(千倉町)の長性寺方壺ら、朝夷郡野島崎(白浜町)に杉長墳と芭蕉句碑を建立 |
1836年 | 天保7年 | 6 | 長狭郡磯村(鴨川市)の尾崎橘叟、北風原村(鴨川市)の安国寺に芭蕉句碑を建立 |
1840年 | 天保11年 | 3 | 磯村の尾崎鳥周(橘叟)、常磐連で仁右衛門島に芭蕉句碑を建立 |
1841年 | 天保12年 | 11 | 小戸連・沼連(ともに和田町)などが、沼蓮寺に七浦庵三斎の三回忌句碑を建立 |
1844年 | 天保15年 | 11 | 磯村の尾崎鳥周、選集『松蔭集』を刊行 |
1845年 | 弘化2年 | 冬 | 卜山・翠斎が長狭郡西野尻村(鴨川市)の蓮華院に芭蕉句碑を建立 |
1846年 | 弘化3年 | 10 | 笠栖素行、安房の俳人208人の名簿を載せた『国分集 安房之郡』を刊行 |
1850年 | 嘉永3年 | 木更津の鳥海酔車、『房陽郡郷考』を刊行し、安房の俳人151人の句を掲載 | |
1851年 | 嘉永4年 | 春 | 平郡千代村(三芳村)の錦二が催主となり、平郡山下村(三芳村)の百羅漢苔年の撰で、千代村皇神社に句額を奉納 |
1860年 | 万延1年 | 朝夷郡川戸村(千倉町)文殊院の竹坡、同村の師吉田閑々の追善集『月の名残』を編む | |
1863年 | 文久3年 | 3 | 平郡正木村(館山市)の高梨文酬、村内の諏訪神社に丘連で芭蕉句碑を建立 |
1864年 | 元治1年 | 7 | 安房郡館山町(館山市)の鈴木あや雄の一周忌に、老梅居中で追善集『おしまつき』を刊行 |
1867年 | 慶応3年 | 6 | 平郡佐久間中村(鋸南町)の青柳らが、七世雪中庵鳳州の撰で同村日枝神社に句額を奉納 |
1870年 | 明治3年 | 2 | 平郡小原村(館山市)の山根路行が催主となり、安房郡大井村(館山市)の手力雄神社に句額を奉納 |
1871年 | 明治4年 | 6 | 平郡佐久間中村(鋸南町)の花鳥ら、長狭郡広場村(鴨川市)の久保椿山らの撰により佐久間中村の密厳院に句額を奉納 |
1877年 | 明治10年 | 10 | 平郡大崩村(鋸南町)の鈴木亀甲、村内に芭蕉句碑を建立 |
1881年 | 明治14年 | 10 | 安房郡大網村(館山市)の孝山ら、平郡宮本村(富浦町)の平島占魁らの撰により村内大巌院に句額を奉納 |
1882年 | 明治15年 | 3 | 小原村の山口路米ら、高梨文酬の追善集『ちなみ集』を刊行 |
1884年 | 明治17年 | 9 | 朝夷郡小向村(和田町)の嘉一ら、中三原村(和田町)角田江斎の撰で同村正勝神社に句額を奉納 |
1885年 | 明治18年 | 10 | 長狭の●連で長狭郡宮山村(鴨川市)の宮山神社に芭蕉句碑を建立 |
1886年 | 明治19年 | 4 | 長狭郡平塚村(鴨川市)の大田代連で、村内に芭蕉句碑を建立 |
5 | 安房郡白浜村(白浜町)野島崎に芭蕉句碑が再建される | ||
1887年 | 明治20年 | 安房郡稲村(館山市)の山口梅寿、古稀選集『梅烟集』を刊行 | |
1889年 | 明治22年 | 4 | 那古町小原(館山市)の山口路米を中心に、安房地方の俳人140名により那古寺に芭蕉句碑を建立 |
1891年 | 明治24年 | 1 | 長狭の●連で由基村上小原(鴨川市)の白滝不動に芭蕉句碑を建立 |
1895年 | 明治28年 | 3 | 南三原村中三原(和田町)の角田江斎の子、江斎の三回忌追善集『ちなみ集』を刊行 |
6 | 東京の俳人前田伯志、館山町に庵を構える 那古町小原の山口すみれ、立机祝の句集『八重葎集』を刊行 |
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1897年 | 明治30年 | 3 | 佐久間村(鋸南町)の吉田梅学ら、東京の五世夜雪庵金羅の撰により上佐久間の密厳院に句額を奉納 |
1900年 | 明治33年 | 2 | 佐久間村の田村作二郎、東京の八世其角堂機一・聴雨窓竹冷の撰で中佐久間の八幡神社に句額を奉納 |
秋 | 東条村広場(鴨川市)の久保椿山の子、椿山の三回忌追善集を刊行 | ||
1901年 | 明治34年 | 春 | 豊房村岡田(館山市)の山口松寿、立机祝選集『雪の松』を刊行 |
1902年 | 明治35年 | 5 | 前田伯志、366人の安房地方俳士名簿を載せた選集『房の栞』を刊行 |
11 | 九重村竹原(館山市)の須田柳志、東京の五世夜雪庵金羅・松菊庵乙年女の撰により、神戸村大神宮の小塚大師に句額を奉納 | ||
1907年 | 明治40年 | 1 | 前田伯志、喜寿祝の選集『残の雪』を刊行 |
1980年 | 明治41年 | 8 | 那古町小原の山口路米、喜寿祝の選集『路米集』を刊行 |
1916年 | 大正5年 | 10 | 佐久間村の哲堂ら、東京の八世其角堂機一・那古町小原の山口すみれ等の撰により中佐久間の八幡神社に句額を奉納 |
1920年 | 大正9年 | 11 | 館山町上真倉(館山市)の妙音院で前田伯志の追福連歌会開催 |
1921年 | 大正10年 | 8 | 高橋蒼々子・斎藤光雲・石井陵雪ら、『石楠』支部の安房盟楠会を結成 |
1927年 | 昭和2年 | 3 | 大正地震後の安房盟楠会復活一周年記念句集『海松(みる)』を刊行 |
1930年 | 昭和5年 | 5 | 那古町小原の山口すみれ、門葉人名録を兼ねた選集『傑作集』を刊行 |
1931年 | 昭和6年 | 8 | 主基村成川(鴨川市)の松川泰山子、『安房名勝俳句集』を刊行 |
1942年 | 昭和17年 | 2 | 安房神社で大東亜戦争完遂祈願俳句献詠式が行なわれる |
1948年 | 昭和23年 | 11 | 館山市第一回文化祭の俳句大会が北条の金台寺で開催され、50人が参加 |
1950年 | 昭和25年 | 館山市俳句連盟結成 |