北条地区略年表

西暦 年号 事項
7世紀頃 高井で人が生活をはじめる
13世紀頃 この頃八幡宮が府中より現在地へ遷座すると伝えられる
1508年 永正5年 里見義通、八幡宮を再建する
1572年 元亀3年 里見義弘、八幡宮を修理する
1585年 天正13年 里見義康、八幡宮神前で元服し、猿楽能を舞う
1589年 天正17年 里見の臣岡本安泰、国主御殿失火の罪で職を解かれた子息頼元の出仕復帰を八幡宮に祈念する
1590年 天正18年 里見義康、円蔵院(千倉町)へ北条郷海蔵寺分の寺領を安堵する
1598年 慶長3年 里見義康、八幡宮への非儀乱防を禁止する
1606年 慶長11年 里見忠義、長須賀町・北条町の商人へ法度を出す
里見忠義、八幡宮神主に正木村東国府で御手洗屋敷を寄進する
里見忠義、紀伊国高野山西門院へ北条の護摩堂屋敷(不動院)10石を寄進する
1616年 元和2年 江戸幕府、来福寺・金台寺・八幡宮へ朱印地を寄進する
1638年 寛永15年 屋代忠正、一万石を領し北条藩をおく
1711年 正徳1年 北条藩領で一揆がおこり、湊村名主角左衛門など三人が処刑される(万石騒動)。翌年北条藩は領地没収で廃藩となる
元禄地震で隆起した北下台下の干潟をめぐり、北条村と真倉村のあいだで争論がおこる
1725年 享保10年

水野忠定、信濃から入封して北条藩をおく

1758年 宝暦8年 長須賀に巡礼者のための道標が建てられる
1798年 寛政10年 湊村名主多田理右衛門、高井から引く鵜戸川用水を整備する
1847年 弘化4年 武洲忍藩、海防の陣屋を鶴ヶ谷におく
武洲忍藩、湊川にはじめて湊橋を架ける
嘉永年間 高井の高木士幹、長須賀の上野隆喞等の医師、ヨード製造を試みる
1870年 明治3年 長尾藩、鶴ヶ谷に陣屋をおき、武家屋敷を整備する
義賊赤忠等4人、紙幣偽造の罪で処刑される(館山最後の討ち首)
1878年 明治11年 安房郡役所開設される
1880年 明治13年 千葉病院分院として北条病院開設される
1881年 明治14年 山本村元名主小原善兵衛、北条村の浜に小原新田を開墾する
1889年 明治22年 北条・新宿町・長須賀・八幡・湊・高井・上野原の各村と正木村の一部が合併して北条町となる
1901年 明治34年 千葉県安房中学校開校する
1919年 大正8年 国鉄北条線安房北条駅開業する
1923年 大正12年 関東大震災で、北条町が安房郡最大の被害を受ける(死者230人)
1939年 昭和14 館山市成立する