(4)秩禄処分で強制退職

 明治9年(1876)8月、明治政府は金禄公債証書発行条例を制定して秩禄の支給を止め、代わりに金禄公債を交付しました。これを秩禄処分(ちつろくしょぶん)といいます。秩禄は前の年に米の現物支給から貨幣による金禄支給に変わっていました。金禄公債証書の額面は、10円・25円・50円・100円・300円・500円・1000円・5000円の8種類が発行され、額面によって5%から10%の利子がつきました。この公債は毎年の抽選で選ばれたものが順次額面通りの金額を受取る仕組みで、明治15年(1882)に償還が開始されて、明治39年(1906)に払い戻しが完了しました。

 世襲の禄米だったはずの家禄が廃止されて渡された金禄公債は、退職を強制されて渡された退職金のようなものです。とはいっても現金ではなく公債証書の支給です。いつ現金化の抽選に当たるのかわからないので、手元には利子以外の現金収入がなくなりました。少額の利子しか受け取れない下級士族は当然生活に困窮します。事業資金にできるように売買が可能だった金禄公債証書は、払い戻しを受ける前に商人などに売却されていきました。一方、金禄公債証書は銀行設立にも出資利用できたことから、士族設立の国立銀行誕生に結びついていきました。

この年3月には廃刀令も出て士族の帯刀が禁止されています。西洋流の武器や技術が必要になった幕末の動乱のなかでは、戦力としての刀の役割はすでに低下しており、護身刀であり武士身分の象徴の役割しかありませんでした。その役割を否定されたうえに、家禄もなくなったことによって武士という存在はこれで完全にいなくなりました。

46.明治十年日記―「告奉還士族生計論」
明治10年(1877)1月
個人蔵
47.旧長尾藩士家禄不足額請求者千葉県団体人名
明治31年(1898)10月
個人蔵