3.画工指南

 山調の時代は絵描きは芸術家でなく職人であった。山調自身も職業絵師として生活のために絵を描いてはいたが、そんな中でも積極的に後進の指導育成を企図していた。

 山調画塾があったか、山調門下がいたかは定かではないが、山調の手による伝統的な画題による絵手本が作成され、それには習画の教則が懇切に教え示されている。

 そのひとつ『戯作(げさく)神燈画』序にある「老いて教えざるは、その故無きに同じ」という山調の言葉が~絵の心意気を表しているといえよう。

20.山調画「業平{なりひら}東下りの図」 習作
20.山調画「業平(なりひら)東下りの図」 習作
21.山調筆『戯作神燈画』序
21.山調筆『戯作神燈画』序
22.山調画『無題画帖』の中の所収画 人を師とせんよりは造化を師とするにしくはなし。およそ天地の間、これある処のもの皆我ために剪裁{せんさい}して画に入るべし。(『無題画帖』にある山調の言葉)
22.山調画『無題画帖』の中の所収画
人を師とせんよりは造化を師とするにしくはなし。およそ天地の間、これある処のもの皆我ために剪裁(せんさい)して画に入るべし。(『無題画帖』にある山調の言葉)
23.山調筆『画法式』
23.山調筆『画法式』