石彫師 武田石翁を訪ねて 2.(南房総市編)

石彫師 武田石翁を訪ねて 2.(南房総市編)
武田石翁 文化財マップ 2 南房総市編
武田石翁作品年譜
(1)石翁 父金明の墓(東福院)

(1)石翁 父金明の墓(東福院)

南房総市本織1167

石翁の父である金明の墓。総高約89cmの角柱墓で「謙虚道順居士 位」「文政八乙酉十一月二日」「武田金明 八十四翁倅石巧有而造之 石工周治」と刻まれている。石翁47歳の作。隣に如意輪観音坐像を載せた「実相妙鏡大姉位」「文政九戌年」「十二月十日」と刻まれている墓がある。総高約137cmの内約45cmの如意輪観音坐像だが、欠損が激しい。銘はないが石翁48歳の作と言われている。

平寿山東福院は真言宗のお寺で、宝珠院の末院。本尊は薬師瑠璃光如来。境内西側奥には石翁の生家武田家の墓域がある。

(2)石翁生誕碑(旧本織神社)

(2)石翁生誕碑(旧本織神社)

南房総市本織1178

境内に「武田石翁誕生之地の碑」と石翁の紹介板がある。石翁は安永8年(1779)安房国本織村(南房総市本織)字戸に生まれた。性は鎌田、名は周治。本織神社から200mほど離れた場所が生誕地である。

本織神社の祭神は金山彦命(かなやまひこのみこと)で創建は安永8年(1779)。現本織神社(三芳村本織667番地)は、旧本織神社、荒神社、稲荷神社、天満神社、熊野神社を昭和39年に住吉神社として合併し、その後「住吉神社」から「本織神社」に改めた。

(3)手水鉢(荒神社)

(3)手水鉢(荒神社)

南房総市本織市場1726

境内入り口にあり高さ約45cm、幅約82cm、奥行約53cmの自然石。正面に「氏子中」、背面に「天保十一庚子二月 石翁鐫」の銘がある。水盤縁の左右には凹みがある。「カエルが彫ってあり、子供の頃釘で衝いたりした」との証言があることから、壊された痕跡とみられる。荒神社の祭神は八衢考命(やちまたのみこと)。昭和39年に本織神社に合祀された。

(4)十一面観音立像(宝珠院)

(4)十一面観音立像(宝珠院)

南房総市府中687

石翁作の十一面観音菩薩立像を祀る観音堂は仁王門を改修した建物。像高56.5cmの観音像は六角形の基壇、敷き茄子、蓮華座の上に立ち総高は83cm。右手は与願印、左手は水鉢を持ち、頭に高く結いあげた髷を囲むように10の仏頭が置かれている。敷き茄子の裏側に「文化三己寅二月現住温恭造立 武田氏出生 本名村住 石工 周治」とある。金剛山宝珠院は真言宗のお寺で本尊は地蔵菩薩。

(5)狛犬(八坂神社)

(5)狛犬(八坂神社)

南房総市府中273

境内の狛犬が石翁作と伝えられ、天保13年(1842)の作である。総高は150cm程で、向かって右の吽像の基壇に「施主 當村中」、その下の壇には風化や欠損があるが三芳地区以外の広範囲の地域の地名、屋号、名前が10数名分確認できる。左の阿像の基壇には「願主 若者中」とある。
八坂神社は府中の鎮守で、祭神は須佐之男命である。

(6)延命地蔵半跏像(普門院)

(6)延命地蔵半跏像(普門院)

南房総市本織番場652-1

境内に、右手に錫杖(今は無い)、左手には宝珠を持つ像高約78cmの延命地蔵半跏像(安山岩製)がある。基壇等を含め総高約290cm。基壇は3段からなり最上部表側は肉厚で躍動感のある獅子が彫られ、裏面は「世話人光明講中」「十方檀那法界萬霊」、中段は地蔵信仰の銘文と「文化十一甲戌年五月吉祥日 當寺現住春淨宥應」、下段は「當村 石巧 武田産 秀治」の銘があり、寄進した人たちの名や先祖の戒名などが刻まれている。
日照山普門院は真言宗のお寺で本尊は不動明王。

(7)青面金剛像(熊野神社)

(7)青面金剛像(熊野神社)

南房総市本織不入斗572-1

境内南東端の道路脇にあり、高さ約75cm。風化が激しく一面四臂(ぴ)の持物の弓矢と鉾が残り、邪鬼を踏みつけている。左側面に「當村 石工 周治」と彫られている。青面金剛は庚申信仰の供養塔であるが古老の言では供養した記憶はないと言う。
熊野神社の祭神は須佐之男命。昭和39年に本織神社に合祀された。

(8)大般若講寄進銘塔(延命寺)

(8)大般若講寄進銘塔(延命寺)

南房総市本織2014-1
延命寺 文化財マップ

山門左手の木陰にある総高139cmの角柱塔で、大般若講中の祈願によるもの。塔身側面に寛政9年(1797)から19年にかけての山門や庫裏・鎮守石鳥居など境内施設の修復事業の様子が記録され、基壇正面に唐獅子遊戯図と右側面に「石工 周治 文化十二亥四月吉日」の銘が刻まれている。石翁37歳の作。
長谷山延命寺は安房曹洞宗の中心の寺。本尊は虚空蔵菩薩。戦国大名里見氏の菩提寺で、裏山に後期里見氏歴代の墓所がある。安房国三十四観音巡礼の24番札所。

(9)酒豪八郎右衛門墓碑(智蔵寺)

(9)酒豪八郎右衛門墓碑(智蔵寺)

南房総市山名386
智蔵寺 文化財マップ

本堂脇の道を登ると谷を背に八郎右衛門の墓碑があり、天保12年(1841)石翁の作と伝えられている。酒樽の上に60cm程の出羽三山に参拝する行者姿の像が刻まれ、酒樽の前面には「無漏」(煩悩の無い境地のこと)の文字、裏面に辞世の「百の銭九十はここで飲み別れ、六文を持って長の道中」が刻まれている。
富士山智蔵寺は曹洞宗の寺院で本尊は地蔵菩薩。「山名の大寺」と呼ばれている。夷隅の真常寺末。安房国の初期大名三枝守昌の菩提寺。寺伝によると文亀3年(1503)の開基とある。

(10)七福神(厳島神社)

(10)七福神(厳島神社)

南房総市白浜町白浜629

石翁19歳の作と言われており周治と呼ばれた頃の作品である。銘等の刻みはない。本殿に向かって右手に祀られている。大黒天、恵比寿、毘沙門天、福禄寿、寿老人、布袋の六体が表情豊かに刻まれている。弁財天は存在しない。古来この地には弁財天を祀る祠があり、その後厳島神社に改称された。祭神が弁財天であるため、石翁は弁財天を除く六体を制作したものといわれている。神体の高さは59cm~70cmである。
厳島神社の祭神は市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)で創建年代は不詳である。


作成:ミュージアム・サポーター「絵図士」
青木悦子・金久ひろみ・佐藤博秋・鈴木正・吉村威紀
監修 館山市立博物館 294-0036 館山市館山351-2 TEL:0470-23-5212