大井(おおい) 

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 平安時代の地名としてある安房国安房郡大井郷は当地周辺と考えられています。字角田には約30個の横穴古墳群がみられ、南部の丘陵頂上には灯籠塚古墳があります。国道に面して中世大井氏の居城と伝える大井城跡もあり、古代から豪族の拠点であったと考えられます。江戸時代初期の里見氏治政下では、町奉行の黒川権右衛門、大目付の正木蔵人、廿人衆細野修理が知行し、村高は453石余。明治元年には519石余。神社は旧郷社の手力雄神社、寺院は薬師堂と阿弥陀堂があります。手力雄神社は里見氏から社領として43石余をうけ、江戸幕府からもそれを朱印地として与えられていました。また同社の神官石井昌道は幕末に家塾を開いて多くの門弟を教育し、慶応4年には勤王隊を組織して、房陽神風隊と称して近隣の治安維持にあたっています。