2.安房大巖院

 仏法山(ぶっぽうさん)大巖院大網寺(だいがんいんおおあみじ)といい、現在の館山市大網に所在する。慶長8年(1603)、安房の国主里見義康(さとみよしやす)(里見氏9代目)の帰依(きえ)により、霊巖を開山として建立された。

 かつては伽藍学寮が建ち並び、浄土宗における安房の触れ頭(ふれがしら)寺院、談義所(だんぎしょ)として栄えた。

 境内に千葉県指定文化財の四面名号(しめんみょうごう)石塔や、館山市指定史跡霊巖上人墓塔が建つのをはじめ、数多くの霊巖に関する資料が伝来している。

 また現在でも10月1日(霊巖忌日の月遅れにあたる)には、浄土宗の安房郡内全寺院の僧侶が出勤して、報恩謝徳の開山忌(かいさんき)が行われている。この法会(ほうえ)には、近郷の大勢の信者が参詣して賑わっている。

大巖院山門

大巖院山門

左:12.雄譽霊巖上人墓塔 右:11.大巖院四面石塔附石製水向

左:12.雄譽霊巖上人墓塔
右:11.大巖院四面石塔附石製水向

 この四面石等は、元和10年に霊巖が建立した名号石塔で、北面のインドの梵字に始まり、中国の篆字、朝鮮のハングル、日本の和風漢字と、わが国まで仏教が伝来した国々の文字で、「南無阿弥陀仏」と刻まれています。

左:13.霊巖名号石燈籠(左) 中:13.石燈籠(左)部分 右:14.霊巖名号石燈籠(右)
左:13.霊巖名号石燈籠(左)
中:13.石燈籠(左)部分
右:14.霊巖名号石燈籠(右)

 大巖院本堂前に霊巖の名号を刻んだ1対の石燈籠がある。左は元和10年(1624)に霊巖の弟子で大巖院2世を継いだ松蓮社霊譽鎮風が建てたもので、右は寛永2年(1625)に光譽が、授けたものとの銘文がある。なお基礎の反花は重厚で古式。