プロローグ 館山湾の洞窟遺跡
カラー図版
房総半島と三浦半島の洞窟遺跡の分布
【1】南房総の地震隆起段丘-館山湾の洞窟遺跡はなぜ高い標高にあるのか-
(1)縄文時代の海岸
1.掘り出された縄文時代の海岸-館山市加賀名遺跡
2.干潮時に砂浜にあらわれる特殊な遺跡-館山市沖ノ島遺跡
3.標高20mにある縄文時代の浅瀬-沼サンゴ層
(2)過去100年間、日本でも最も土地が隆起した場所“館山”
【2】房総の洞窟調査事始-穴の考古学
(1)勝浦市守谷湾洞窟遺跡群-房総半島の海食洞窟研究の端緒となった遺群
1.勝浦市本寿寺洞窟遺跡
2.勝浦市長兵衛岩陰遺跡
3.勝浦市こうもり穴洞窟遺跡
(2)館山市佐野洞窟遺跡と安房神社洞窟遺跡~人骨の年代をめぐる問題
1.館山市佐野洞窟遺跡
2.館山市安房神社洞窟遺跡
(3)館山市北下台洞窟遺跡~房総郷土史の先覚・大野太平氏が記した発掘記
北下臺發掘記
(4)館山市出野尾洞窟遺跡~入江の奥部にある洞窟遺跡
(5)富津市明鐘崎洞窟遺跡~三浦半島との強いつながりをうかがわせる遺跡
(6)館山市鉈切洞窟遺跡と大寺山洞窟遺跡の調査~文化財保護の機運の高まり
【3】房総半島の対岸-三浦半島の洞窟遺跡
(1)三浦市大浦山洞窟遺跡~居住と墓地、二つの利用がされた洞窟
(2)三浦市雨崎洞窟遺跡~舟形の木棺、舟形の石室、火葬。多様な洞窟葬
【4】館山湾の洞窟遺跡-棺になった舟。黄泉の国への憧憬
(1)館山市大寺山洞窟遺跡~国造級の豪族が奥津城とした海蝕洞窟
(2)館山市鉈切洞窟遺跡~『大日本史』に記された10艘の丸木舟
エピローグ-館山の歴史のなかにおける館山湾の洞窟遺跡
展示資料目録
ご協力者一覧
参考文献-より詳しく知るために