(2)過去100年間、日本でも最も土地が隆起した場所“館山”

 9月1日の「防災の日」は、大正12年(1923)のこの日に起きた関東大震災の教訓を忘れないという意味も含めて昭和35年(1960)に制定されました。

 現在(平成22年(2010))から87年前の9月1日を境に、鏡ヶ浦(館山湾)に浮かんでいた高の島周辺の景色は一変しました。沼の柏崎から大賀にかけての海岸と、高の島・沖の島の間にあった浅瀬が大地震によって隆起し、干潮の時には歩いて高の島まで渡れるようになったのです。

 館山周辺の地盤が、関東大震災によって大きく隆起したことは、平成13年の国土地理院の調査からも裏付けられています。同院が、全国の主要国道沿いに設置されている約1万点の一等水準点について、第1回の全国水準測量(明治16年(1883)~大正2年(1913))と昭和61年(1986)~平成11年(1999)までの結果を比較した結果、館山市内の水準点が約1.7mと、全国で最も隆起していることが確認されました。

 過去100年に限らず、ひょっとすると日本の歴史上、最も土地が隆起した場所が館山なのではないかと推測させるのが、この単元Ⅰ「南房総の地震隆起段丘」で紹介してきた、館山市加賀名遺跡で発掘された縄文時代の海岸、再び汀線近くにあらわれた海底遺跡である館山市沖ノ島遺跡と沼サンゴ層、そして標高25~30mという高所にある館山湾の洞窟遺跡の立地です。

 館山市浜田の鉈切(なたぎり)洞窟遺跡(P52~P55)がある船越(ふなこし)鉈切神社の境内地は、一の鳥居が立つ広い平坦面(標高12~14m)が沼Ⅲ面、短い階段を登って次の階段まで、二の鳥居が立つ狭い平坦面(標高14~16m)が沼Ⅱ面、さらに長い階段を登って最後の階段を登る手前までの広い平坦面(標高21~24m)が沼Ⅰ面に当たるとされています。標高24mより上部は標高70mの山頂まで斜面となっていて、標高25mのところに鉈切洞窟が開口しています。沼Ⅰ面~沼Ⅲ面を、直線的に連続して観察することができるため、船越鉈切神社の境内地は、千葉県天然記念物「南房総の地震隆起段丘」に指定されています。

資料4.第一軍管地方迅速測図「柏崎浦」明治16年(1883年)測量
資料4.第一軍管地方迅速測図「柏崎浦」明治16年(1883)測量

関東大震災以前の沖ノ島と高の島は館山湾に浮かぶ島だったことがよくわかります。

資料5.絵葉書「房州鏡ヶ浦の夕陽」
資料5.絵葉書「房州鏡ヶ浦の夕陽」
資料6.絵葉書「房州館山公園ヨリ高島ヲ望ム」
資料6.絵葉書「房州館山公園ヨリ高島ヲ望ム」
資料7.アメリカ軍撮影航空写真 1947年
資料7.アメリカ軍撮影航空写真 1947年

館山市沼の柏崎から大賀にかけての海岸と、高の島・沖ノ島の間にあった浅瀬は関東大震災による隆起で干潟となり、ここを埋め立て昭和5年(1930)に館山海軍航空隊が開隊しました。

第4図 単元Ⅰ 南房総の地震隆起段丘で紹介した館山湾岸の遺跡等の分布図
第4図 単元Ⅰ 南房総の地震隆起段丘で紹介した館山湾岸の遺跡等の分布図
1.鉈切洞窟遺跡 2.大寺山洞窟遺跡 3.加賀名遺跡 4.沖ノ島遺跡 5.千葉県天然記念物「沼サンゴ層」指定地 6.高の島