裏表紙

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講演会 「神々を考古学する」
 11月6日(日) 13:30~15:00
 講師 椙山林繼氏(國學院大學日本文化研究所教授)
 館山市立博物館本館集会室


解説会
 10月22日(土) 14:00~
 11月12日(土) 14:00~

展示図録 No.11
企画展「神々の風景-古代のカミへの捧げモノ-」図録
平成6年(1994)10月15日発行
編集・発行 館山市立博物館
 〒294 千葉県館山市館山351-2
 TEL/0470(23)5212 FAX/0470(23)5213

参考文献~よりくわしく知るために

■古代祭祀の時空

●『安房神社並びに安房神社周辺特別地区文化財総合調査概報』千葉県教育委員会1968年3月
●『季刊自然と文化-特集カミの概念』1986年春季号日本ナショナルトラスト1986年3月
●『季刊自然と文化-特集古代祭祀の時空』1988年夏季号日本ナショナルトラスト1988年6月
●『別冊太陽68 日本の神』平凡社1990年1月
●『日本の神々と社』読売新聞社1990年3月
●『館山市の文化財』館山市教育委員会1992年3月
●國學院大學日本文化研究所編『神道事典』弘文堂1994年6月

■神々に捧げられた工芸品

●特別展『古神宝-神々にささげた工芸の美』図録奈良国立博物館1989年3月
●『千葉県の文化財』千葉県教育委員会1990年2月
●森谷ひろみ「安房国式内社に関する歴史地理学的研究第6報 安房郡安房坐神社について」『千葉大学教養部研究報告』A-81973年9月

■神まつりのかたち

●野本寛一『神々の風景-信仰環境論の試み』白水社1990年11月
●椙山林繼「関東」『神道考古学講座』第2巻 原始神道期(1) 雄山閣出版1972年6月
●小野真一 考古学ライブラリー10『祭祀遺跡』ニューサイエンス社1982年5月
●佐野大和「宗教考古学の諸相」『季刊考古学』2 神々と仏を考古学する雄山閣出版1983年2月
●萩原恭一「あたらしいまつり」『房総考古学ライブラリー』5 古墳時代(1) (財)千葉県文化財センター1990年12月
●石野博信・他編『古墳時代の研究』第3巻 生活と祭祀雄山閣出版1991年3月
●白井久美子「石製模造品のまつり」『房総考古学ライブラリー』6 古墳時代(2)(財)千葉県文化財センター1992年3月
●大場磐雄ほか「南豆洗田の祭祀遺跡」『考古学雑誌』28-3日本考古学会1938年3月
●外岡龍二「南伊豆の祭祀遺跡」『海と列島文化』7黒潮の道小学館1991年9月
●永峯光一「足立の古墳と祭祀遺跡」『足立区立郷土博物館総合案内』1986年11月
●岩井宏實『ものと人間の文化史12 絵馬』法政大学出版局1974年5月
●栗田則久「カマドの普及」『安房考古学ライブラリー』6 古墳時代(2)(財)千葉県文化財センター1992年3月
●諸墨知義「祭祀遺構出土の鉄製品について」『小浜遺跡群(2)マミヤク遺跡』(財)君津郡市文化財センター1989年3月
●山本哲也「西上総における古墳時代の中期の玉作」『研究紀要』(5)(財)君津郡市文化財センター1992年3月
●白石太一郎「神まつりと古墳の祭祀-古墳出土の石製模造品を中心として」『国立歴史民俗博物館研究報告』71985年3月
●永峯光一・桐原健「神像壺」『神道考古学講座』第2巻原始神道期1雄山閣出版1972年6月
●大渕敦志ほか『小滝涼源寺』朝夷地区教育委員会1989年3月
●亀井正道「海と川のまつり」『古代を考える 沖ノ島と古代祭祀』吉川弘文館1988年3月

■独特な宗教文化の形成 

●椙山林繼「安房における鐸鈴のまつり」『国立歴史民俗博物館研究報告』71985年3月
●杉江敬「安房から見た伊豆諸島」『月間考古学ジャーナル』367ニューサイエンス社1993年11月
●白井久美子「館山市大寺山洞穴の出土遺物」『千葉県史研究』第2号千葉県1994年3月
●外岡龍二「生活の拡がり-広畑遺跡と了仙寺洞窟」『図説下田市史』下田市教育委員会1988年3月
●森田ひろみ「千葉県館山市沼つとるば遺跡の発掘結果からみた遺跡付近の小地誌」『千葉大学教養部研究報告』B-41971年11月
●森谷ひろみ「祭祀対象不明の祭祀遺跡とその沖積地質について-館山市東長田および大戸館ノ前の場合」『千葉大学文理学部紀要』4-41966年11月
●神尾明正「古代祭祀遺跡に見られる安房国の地域性」『千葉大学文理学部紀要』B-91976年11月
●大場磐雄『祭祀遺蹟-神道考古学の基礎的研究-』角川書店1970年12月
●大野延太郎「安房國安房郡東長田村遺跡ニ就テ」『東京人類學会雑誌』1671900年2月
●神尾正明・森谷ひろみ「千葉県安房郡丸山町宮下東畑祭祀遺跡の発掘結果からみた遺跡付近の小地誌」『千葉大学教養部研究報告』B-51972年11月
●對馬郁夫「県下初の七鈴鏡」『館山市文化財保護協会会報』41971年3月

■安房の土製模造品

●酒井清治ほか『特別展「音のかたち」展示図録』埼玉県立博物館1992年3月
●清水久男『特別展「武蔵国造の乱」図録』大田区立郷土博物館1994年2月
●甘粕健「武蔵国造の反乱」『古代の日本』第7巻関東角川書店1970年4月
●橋口尚武「列島の古代文化と伊豆諸島」『海と列島文化』7黒潮の道小学館1991年10月

協力者一覧

 今回の企画展開催にあたり、多くの機関、関係者の皆様より、ご指導、ご協力をいただきました。ここに記して、感謝の意を表します。ありがとうございました。(五十音順、敬称略)

浅野雅則築比地正治足立区立郷土博物館朝夷地区教育委員会
安西公也 對馬郁夫香取神宮安房神社
植野英夫鶴岡武 (財)君津郡市文化財センター 白浜町滝口・下立松原神社
内川隆志 渡川直樹君津市立久留里城址資料館館山市沼・総持院
大島建彦戸倉茂行金鈴塚遺物保存館館山市洲宮・洲宮神社
岡嶋千曉西垣渼子國學院大學考古学資料館館山市見物・海南刀切神社
岡田誠造西口徹國學院大學日本文化研究所
大原正義能城秀喜国立公文書館内閣文庫
岡本健一浜名徳永国立歴史民俗博物館
加増啓二浜名徳順(財)五島美術館
金丸誠 橋口定志埼玉県立さきたま資料館
加納哲哉原田昌幸埼玉県立博物館
菊池眞太郎平塚憲一芝山はにわ博物館
古池晋禄古谷毅千葉県教育長文化課
里見勝則古谷尊彦(財)千葉県文化財センター
塩谷賢一星野和夫千葉県立房総風土記の丘
地引尚幸松浦宥一郎 千葉大学理学部地球科学科
清水久男宮崎庄右東京国立博物館
椙山林繼望月幹夫 東洋大学文学部
杉山晋作本吉正宏文化庁
鈴木智子山本哲也(財)前田育徳会尊経閣文庫
鈴木元治雪松直岬町教育委員会
高田儀三郎若松良一(財)長瀞総合博物館
高山義丸 渡辺智信
田代康弘渡辺清治

展示資料目録

◎重要文化財、○県指定文化財、□市指定文化財、※複製品 寸法単位はcm

1.古代祭祀の時空


資料名

所蔵者
1.獅子頭 3面館山市見物・海南刀切神社
2.大鹿角 1本白浜町滝口・下立松原神社

2.神々に捧げられた工芸品 ~古神宝


資料名

所蔵者
3.○香取神宮古神宝類
-1.伯牙弾琴鏡 1面
-2.盾形鉄製品(神代盾) 1面
-3.銅製供器(鋺形) 1口
-4.鉄製供器(脚付円盤) 1脚
-5.黒漆菊文様蒔絵手筥 1合
-6.櫛 2枚
佐原市香取神宮
4.□銅鏡 2面 面径12.0,11.3館山市安房神社
5.□木製狛犬 1対 高29.0館山市安房神社
6.□燧箱 1口 長19.0館山市安房神社
7.□木椀 1口 径22.0館山市安房神社
8.木製四脚案 1脚館山市安房神社

3.神まつりのかたち ~関東の古代祭祀遺跡を概観する

資料名所蔵者
9.静岡県下田市洗田遺跡出土遺物 19件 古墳時代
・土製模造品(鏡形3箇、勾玉形9箇) 12箇
・石製模造品(勾玉形3箇、有孔円板2箇、剣形1箇) 6箇
・瑞花双鳥八菱鏡 1面 面径8.0
國學院大學考古学資料館
10.東京都足立区伊興遺跡出土遺物 34件 古墳時代
・石製模造品(臼玉形一括、剣形3箇、有孔円板3箇、勾玉形4箇) 11件
・土製模造品(玉類一括) 1括
・子持勾玉 2箇
・●文鏡 1面 面径9.3
・紡錘車 3箇
・玉類(管玉3顆、丸玉8顆、切子玉2顆) 13顆
西垣渼子氏蔵・足立区立郷土博物館保管
・土製模造品(鏡形1箇) 1箇
・珠文鏡 1面 面径5.5
・重圈文鏡(複製) 1面 面径5.0
足立区立郷土博物館
11.埼玉県熊谷市西別府遺跡出土遺物 40箇 古墳時代
・石製模造品(有孔円板5箇、勾玉形9箇、剣形3箇、馬形8箇、櫛形7箇、有線円板形8箇) 40箇
國學院大學日本文化研究所
12.我孫子市日秀西遺跡出土遺物 14件 古墳時代
・手づくね土器 6口
・土製模造品(勾玉形6箇、鋤先形2箇、不明品1箇) 8箇
千葉県立房総風土記の丘
13.木更津市マミヤク遺跡出土遺物 53件 古墳時代
・石製模造品(有孔円板12箇、鏡形1箇、勾玉4箇、剣6箇、臼玉一括) 24件
・子持勾玉 1箇
・鉄製模造品(鉄族形7箇、雛形12箇、鋤先形1箇) 20箇
・手捏土器 9口
木更津市教育委員会(金鈴塚遺物保存館)
14.福島県西白河郡表郷村建鉾山遺跡出土遺物 44件 古墳時代
・珠文鏡 1面 径4.5
・石製模造品(鏡形4箇、斧形4箇、臼玉形一括、刀子形3箇、剣形11箇、有孔円板13箇、勾玉形4箇) 40件
・土師器 3口
國學院大學考古学資料館
15.挙手人面土師器 1口 高17.9 古墳時代
長野県長野市若穂町片山出土
國學院大學考古学資料館
16.白浜町小滝涼源寺遺跡出土遺物 42件 古墳時代
・鉄剣 1口
・手捏土器 8口
・土師器 11口
・石製模造品(剣形8箇、有孔円板6箇、勾玉形4箇、臼玉一括、管玉形3箇) 22件
朝夷地区教育委員会

4.独特な宗教文化の形成~安房の古代祭祀遺跡を考える


資料名

所蔵者
32.人物埴輪(巫女) 1軀 高63.5 古墳時代
成東町経僧塚古墳出土
芝山はにわ博物館
33.人物埴輪(巫女) 1軀 高72.0 古墳時代
芝山木戸前1号古墳出土
芝山はにわ博物館
34.人物埴輪(鈴鏡を下げた巫女) 1軀 復元高97.4 古墳時代
埼玉県東松山市三千塚古墳群出土
高田儀三郎氏蔵・埼玉県立博物館保管
35.人物埴輪(鈴鏡を下げた巫女) 1軀 現存高53.0 古墳時代
埼玉県行田市稲荷山古墳出土
埼玉県立さきたま資料館
36.五鈴鏡 1面 面径5.5 古墳時代
伝君津市戸崎古墳出土
宮崎庄右氏蔵・君津市立久留里城址資料館保管
37.四鈴鏡 1面 面径6.2 古墳時代
伝福島県いわき市平横山台古墳群出土
五島美術館
38.五鈴鏡 1面 面径10.7 古墳時代
伝群馬県藤岡市藤岡出土
五島美術館
39.六鈴鏡 1面 面径11.4 古墳時代五島美術館
40.七鈴鏡 1面 面径11.0 古墳時代五島美術館
41.◎十鈴鏡 1面 面径19.5 古墳時代
伝群馬県佐波郡玉村町小泉出土
長瀞綜合博物館
42.人物埴輪(弾琴男子) 1軀 現存高34.8 古墳時代
栃木県真岡市京泉鶏塚古墳出土
東京国立博物館
43.土製三環鈴 1箇 古墳時代
伝我孫子市出土
東京国立博物館
44.鈴釧をはめた埴輪片 2軀 古墳時代
出土地不明
長瀞綜合博物館
45.鈴付腕飾(10鈴) 1箇 長18.0 古墳時代
伝埼玉県大里郡岡部町出土
東京国立博物館
46.六鈴釧 1箇 古墳時代
神奈川県逗子市新宿海岸横穴出土
東京国立博物館
47.五鈴釧 1箇 古墳時代
木更津市大山台古墳群出土
(財)君津郡市文化財センター
48.釧 4箇 弥生時代
君津市大井戸八木遺跡出土
(財)君津郡市文化財センター
49.◎馬鐸 3口 高19.4 古墳時代
木更津市金鈴塚古墳出土
金鈴塚遺物保存館
50.小銅鐸 1口 弥生時代
木更津市中越遺跡出土
(財)千葉県文化財センター
51.小銅鐸 1口 弥生時代
君津市大井戸八木遺跡出土
(財)君津郡市文化財センター

5.安房の土製模造品 ~何をモデルにどう使われたのか


資料名

所蔵者
32.人物埴輪(巫女) 1軀 高63.5 古墳時代
成東町経僧塚古墳出土
芝山はにわ博物館
33.人物埴輪(巫女) 1軀 高72.0 古墳時代
芝山木戸前1号古墳出土
芝山はにわ博物館
34.人物埴輪(鈴鏡を下げた巫女) 1軀 復元高97.4 古墳時代
埼玉県東松山市三千塚古墳群出土
高田儀三郎氏蔵・埼玉県立博物館保管
35.人物埴輪(鈴鏡を下げた巫女) 1軀 現存高53.0 古墳時代
埼玉県行田市稲荷山古墳出土
埼玉県立さきたま資料館
36.五鈴鏡 1面 面径5.5 古墳時代
伝君津市戸崎古墳出土
宮崎庄右氏蔵・君津市立久留里城址資料館保管
37.四鈴鏡 1面 面径6.2 古墳時代
伝福島県いわき市平横山台古墳群出土
五島美術館
38.五鈴鏡 1面 面径10.7 古墳時代
伝群馬県藤岡市藤岡出土
五島美術館
39.六鈴鏡 1面 面径11.4 古墳時代五島美術館
40.七鈴鏡 1面 面径11.0 古墳時代五島美術館
41.◎十鈴鏡 1面 面径19.5 古墳時代
伝群馬県佐波郡玉村町小泉出土
長瀞綜合博物館
42.人物埴輪(弾琴男子) 1軀 現存高34.8 古墳時代
栃木県真岡市京泉鶏塚古墳出土
東京国立博物館
43.土製三環鈴 1箇 古墳時代
伝我孫子市出土
東京国立博物館
44.鈴釧をはめた埴輪片 2軀 古墳時代
出土地不明
長瀞綜合博物館
45.鈴付腕飾(10鈴) 1箇 長18.0 古墳時代
伝埼玉県大里郡岡部町出土
東京国立博物館
46.六鈴釧 1箇 古墳時代
神奈川県逗子市新宿海岸横穴出土
東京国立博物館
47.五鈴釧 1箇 古墳時代
木更津市大山台古墳群出土
(財)君津郡市文化財センター
48.釧 4箇 弥生時代
君津市大井戸八木遺跡出土
(財)君津郡市文化財センター
49.◎馬鐸 3口 高19.4 古墳時代
木更津市金鈴塚古墳出土
金鈴塚遺物保存館
50.小銅鐸 1口 弥生時代
木更津市中越遺跡出土
(財)千葉県文化財センター
51.小銅鐸 1口 弥生時代
君津市大井戸八木遺跡出土
(財)君津郡市文化財センター

おわりに -今後の展望を考える-

 まず土製模造品について、何を模したかということはわかっても、どう使われたのかという点について推測の域をでません。これらを使い、擬態(ぎたい)を演じながらまつりがおこなわれたという指摘もありますが、さらに多数の資料の蓄積がなされなければ、その実態に迫りえないといえます。そして、とくに鐸鈴のまつりは館山市つとるば遺跡で確認されているだけですので、安房である程度普遍的であったのか、あるいは一集団に限定されていたのか検討する必要があります。
 安房の古墳時代を特徴づけるものは、墓として使われた海蝕(かいしょく)洞穴、土製模造品使用の神まつり、高塚古墳の少なさなどですが、これらは極めて地方色の強いものです。今後この強い地方色がどのような歴史的背景のもとに形成されてきたものか、検討していく必要があります。そのためには安房の文化構造の全体系を、より多くの考古資料と歴史的事実の総合に基づいて、解明していかなければなりません。

  鐸の音

 鐸(たく)とはなかに舌が吊るされ、振ることで音を出す鐘のことですが、つとるば遺跡の鐸はその形と使用時期から、馬鐸(ばたく)(参照)の模造と考えられます。馬鐸は鞍(くら)を馬に取り付けるために胸に回した革の帯に下げられた鐘のことで、その分布は鈴鏡と重なります。ところで、形状の類似から、県内で7例が出土している弥生時代の小銅鐸との関連も考えられますが、安房の土製模造品との時間差は大きく、それらとのつながりをみることは困難です。

50.小銅鐸

50.小銅鐸
  木更津市中越遺跡
     財団法人千葉県教育振興財団提供

51.小銅鐸

51.小銅鐸
  君津市大井戸八木遺跡

  伊豆諸島との交流の痕跡

 最近ツタノハ貝の生息が伊豆諸島南部で確認され、東日本で普及した貝製品の原産地が伊豆諸島の南部であるという指摘があります。貝を腕輪に用いる風習は縄文時代から古墳時代まで続きますが、古墳時代には石や青銅を用いて貝輪を模したとされる、釧(くしろ)がつくられるようになります。しかし県内の夷隅(いすみ)郡岬(みさき)町の東前横穴からは、オオツタノハ貝製の腕輪が出土していますので、丸山町莫越山(なこしやま)神社遺跡の土製釧がオオツタノハ貝製貝輪を模したとしても不思議ではありません。

48.釧

48.釧
  君津市大井戸八木遺跡

  腕輪(うでわ)につけられた鈴

 古墳時代には多くの腕輪がつくられましたが、鈴付腕飾(すずつきうでかざり)や鈴釧(すずくしろ)もその一つです。『万葉集(まんようしゅう)』に詠まれたうたでは、腕輪は左手にはめられていたようです。
 右の埴輪片をみると、鈴釧前後に玉が巻かれていますので、他の玉とともに使われたことが多かったのかもしれません。腕輪のかたちは鈴釧のように円状のものと、鈴付腕飾のように巻き貝の貝輪を模した楕円(だえん)形のものがあります。鈴鏡(れいきょう)と同様多くの場合鈴のなかに小石が入っていますので、ふると「カランカラン」という音がします。
 館山市つとるば遺跡の土製五鈴釧は小さいので、腕にはめることは不可能です。人々はこの音の背景に、神を見たのでしょうか。

44.鈴釧をはめた埴輪片

44.鈴釧をはめた埴輪片

45.鈴付腕飾(10鈴)(15)

45.鈴付腕飾(10鈴)(15)
  伝埼玉県大里郡岡部町
   東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives    Source:http://TnmArchives.jp/

46.六鈴釧(16)

46.六鈴釧(16)
  神奈川県逗子市新宿海岸横穴
   東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives    Source:http://TnmArchives.jp/

47.五鈴釧

47.五鈴釧
  木更津市大山台古墳群

  神を呼ぶ音

 下の埴輪(はにわ)の琴(こと)には鈴が3個取り付けられています。琴は神まつりではなく、古墳での葬送儀礼(そうそうぎれい)に使われたと考えられていますが、『古事記(こじき)』には琴は男性が弾き、女性が踊るものであったということ、そして神の声を伝える時に使われたことが書かれています。まさにこの琴は神を呼ぶにふさわしいものです。

42.人物埴輪(弾琴男子)(13)

42.人物埴輪(弾琴男子)(13)
  栃木県真岡市京泉鶏塚古墳
   東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives   Source:http://TnmArchives.jp/

43.土製三環鈴(14)

43.土製三環鈴(14)
  伝我孫子市
   東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives   Source:http://TnmArchives.jp/

環鈴(かんれい)は鈴釧(すずくしろ)より、環が小さく鈴の大きいもので、分布は機内から関東と、北九州に多くみられます。その性格については不明です。<

  鈴鏡の分布

 鈴鏡(れいきょう)は上野(こうづけ)・下野(しもつけ)を中心に6世紀前半に流行しており、県内では特異な出土状況の鴨川市嶺岡(みねおか)のほか、君津市戸崎古墳の例があるだけで、房総はその分布圏の外にあるといえます。

 この時期の関東の古墳文化の地方色をあらわすのは、鈴鏡と形象埴輪(けいしょうはにわ)だとされています。そしてこの地方色から、国家的な祭祀(さいし)である古墳祭祀に東国独自の内容が盛り込まれ、畿内(きない)政権の規制が部分的に崩されているとして、関東地方の豪族(ごうぞく)が政治的に成長しているという指摘があります。この鈴鏡のまつりが行われたのは、毛野(けの)の権力の増大に危機感をもった畿内政権が、国家の再編をはじめた5世紀末から6世紀末までとされていて、それ以降は独自の地方色は強制的に消されたと考えられています。

 なぜ鈴鏡の分布圏の外にあった安房で、鈴鏡(れいきょう)や鈴釧(すずくしろ)などの鈴付銅製品の模造品を使ったまつりがおこなわれたのでしょうか。高塚古墳が少ないこの地の神まつりに、東国の埴輪まつりの要素が取り入れられた理由は謎です。ただ両者ともきわめて地方色が強い、という共通性には注目できます。安房に独特な宗教文化がめばえた背景には、畿内政権との微妙な関わりがあったのかもしれません。

『国立歴史民族博物館研究報告』56(1994年3月)より作成
『国立歴史民族博物館研究報告』56(1994年3月)より作成
36.五鈴鏡

36.五鈴鏡
  伝君津市戸崎古墳
宮崎洋史氏現蔵

37.四鈴鏡

37.四鈴鏡
  伝いわき市平横山台古墳群

38.五鈴鏡

38.五鈴鏡
  伝藤岡市藤岡

39.六鈴鏡

39.六鈴鏡

40.七鈴鏡

40.七鈴鏡