布沼・小原

太平洋に面した平砂浦砂丘の奥、小さく開けた谷にも古代から近世にかけて営まれた人々の生活の痕跡がある。太平洋と東京湾が分岐する場所 平砂浦の昔の姿を思い浮かべてみよう。

布沼・小原 文化財マップ

布沼(めぬま)エリア

(1) 薬師堂

(1) 薬師堂

 戦国武将里見義堯の流れをくむ布沼の郷士の家の薬師堂。寛文4年(1664)・延宝6年(1678)の宝篋印塔型の墓石がある。お堂の天井には竜の絵が描かれている。本尊は薬師如来で、ご詠歌には「大石と重き病も我たのめ 人の布沼にもとの身と成」とあり、病気平癒の祈願をする人々がこの薬師にお参りしていたことがわかる。「大石」とは海岸の弁天様のことで、この郷士の家が弁天様の祭祀に大きく関わっていたらしい。

(2) 深田やぐら

(2) 深田やぐら

 ゴリンサマという室町時代の「やぐら」がひとつある。中には15世紀から16世紀頃と思われる五輪塔と宝篋印塔を組み合わせた塔が3つ建てられているが、もとは宝篋印塔が少なくとも2基、五輪塔が4基はあったはずである。布沼の谷田を地盤にした有力な武士の墓であろう。

(3) 大久保墓地

(3) 大久保墓地

 東光寺の墓地。無縁に寄せられた墓石のなかに、寛政8年(1796)の出羽三山碑がある。出羽三山は山形県の羽黒山・月山・湯殿山のことで、山岳修験の中心地。正面の大日如来像は湯殿山を象徴する仏様である。房総の人々は講グループでこの三山に登山してくると、記念の石塔をつくった。墓地の裏には石積みアーチ式の石橋が架かっている。この道が昔の県道だった。

(4) 東光寺・大久保遺跡

(4) 東光寺・大久保遺跡

 曹洞宗のお寺で、16世紀初頭の記録にみえる。本尊の釈迦如来像も16世紀の室町時代後期の作。裏山の中腹に「やぐら」と思われる穴があり、周辺からは16世紀の常滑焼の破片や17世紀の丹波焼の破片が出土している。また縄文土器・弥生土器、古墳時代の土師器や東海系の須恵器も出土しており、大久保遺跡と呼ばれている。歴代住職の墓域には中世五輪塔の一部とみられる石もある。境内には寺子屋師匠で慶応2年(1866)に没した住職芳明東禅大和尚の墓(筆道の門人が建立)や明治36年(1903)の酒樽形の墓(酒翁盛呑信士)が並んである。また裏参道には、文化14年(1817)から農業が機械化される直前の昭和35年にいたるまでの馬頭観音が、年代順に16基並んでいる。

(5) 厳島神社

(5) 厳島神社

 島状の高台に鎮座する布沼の鎮守で、境内には文化7年(1810)の手水石がある。社殿の裏手に縄文時代の石棒が祀られ、周辺からは古墳時代の土師器が出土するという。

(6) 大石弁天

(6) 大石弁天

 元禄(1703)の大地震での隆起がおこるまでは、海岸の大岩だったと思われる場所。寛政5年(1793)の記録によると、旧暦の6月18日に祭礼があり、布沼・茂名など5か村で雨乞いの祭礼をおこない、弁天様にお神酒を上げて一日遊んだという。里見氏末裔の郷士の家で享保7年(1722)に作った、雨乞いのかっこ舞をするための獅子頭が残されている。境内には寛政12年(1800)の手水石と享和2年(1802)の石鳥居が奉納されている。数年前までは小さな石の舟がたくさん奉納されていた。

小原(こばら)エリア

小原(こばら)の集落は中央の道を挟んで、右(東)が神戸地区の布沼、左(西)が西岬地区の坂井に属する。10世紀(平安時代)の書物に出てくる「安房国安房郡麻原(おはら)郷」は、この周辺だろうといわれている。

(7) 翁作(おきなさく)古墳跡

(7) 翁作(おきなさく)古墳跡

 昭和42年(1967)、ホテルの工事中に発見された古墳。標高35mの砂丘の先端という位置で、当時は砂に覆われていた。ホテルのオープン直前に確認されたため、古墳はすでに消滅し、規模も明らかではない。確認位置は正面アプローチの左下で、地表下2mから人骨・須恵器・剣・刀子・圭頭大刀・環刀大刀が取り出された。葬られた人は6世紀終わり頃の人物で、中央の大和王権に近い安房地域屈指の豪族だったと考えられている。東京湾入口のこの地が大和王権にとって重要な地だったことがわかる。大刀は市立博物館に展示されている。

(8) 蛇堰(じゃぜき)横穴墓

(8) 蛇堰(じゃぜき)横穴墓

 砂山手前の池を蛇堰(じゃぜき)といい、その東側の崖に古墳時代の横穴墓が3つあるという。そのうちのひとつから人骨や刀、勾玉・管玉が出土した。玉類は市立博物館に展示されている。蛇堰の東側の山を蛇堰山あるいは座席山という。安房神社の神様(天太玉命)と后神である洲宮神社の神様が、どこに鎮座しようかと相談するための宴会したときの座席になったという伝説がある。

(9) 小原やぐら

 薬師堂の裏山の山頂ちかくに「やぐら」がひとつある。なかには五輪塔と宝篋印塔の石の一部がはいっている。この小さな谷の周辺にも室町時代に有力な武士がいたのだろう。

(10) 船頭(ふながしら)遺跡

 小原橋下流の小原川の川底から、古墳時代の土師器や祭祀土器が出土している。小原集落の奥の谷では縄文土器が出る。


監修 館山市立博物館