(11)三義民刑場跡(国分)

 正徳元年(1711)北条藩屋代氏の領内で、藩の用人川井藤左衛門を訴えた万石騒動がおこりました。藤左衛門は灌漑用水をひき、米の収穫の増加をはかるなど財政の立て直しをはかりましたが、その諸改革は早急極端にすぎ、農民を無賃で使役し年貢の莫大な増徴をはかるなどしたため、ついに一揆にまで発展しました。農民は幕府に越訴した結果勝訴しましたが、その間国分村長次郎・薗村五左衛門、湊村角左衛門の三名主が処刑され、その供養塔が国分寺の境内に建てられています。三人の名主は三義民とよばれてたたえられ、年忌法要が続けられています。

◇交通 日東バス鴨川駅行・千倉平館行萱野口下車徒歩6分