<中近世>

 中世のこの地区は、在地の豪族安西氏が支配していたと伝えられますが、戦国時代になり、上野より入国した里見氏が在地の国人領主を家臣化して戦国大名となると、当地区もその支配するところとなりました。しかし、江戸時代になり、慶長19年(1614)に里見氏が伯耆倉吉(鳥取県)に移封されると、幕府領となり、のちに、旗本の石川、三枝、諏訪などが、各村を分割して支配し、幕藩体制が整備されるにつれて、忍、館山、勝山、船形、三上などの小藩が、やはり細かに分割して領地とし、多くの村が相給となり、幕末を迎えました。