川名(かわな)

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 文明18年(1486)、関白藤原房嗣の三男、道興准后が、房総巡遊の途中、「河名」をとおり、那古観音にもうでています。現在の川名浜を通る那古からの道は、ふるくは、那古山と峰続きの古那古を通り、川名岡から木の根街道へぬけていました。江戸中期に、土地の隆起により、川名浜が形成されると、街道は海岸へ回るようになったようです。 宝永2年(1705)船形村名主久右衛門はどんどん川を改修し海岸に新田を開きました。 また、幕末長勝寺の僧法印頼長は、寺子屋を開き、明治6年に小原・福沢・川名3村の生徒を集めて同寺に開設された川名小学校の基礎を築いています。

川名小学校印(川名童花氏蔵)