(13)洲崎神社(洲崎)

 忌部一族による安房開拓神話に登場する安房忌部氏の祖天富命が、祖神の天太玉命を祀ったのが安房神社で、その后神の天比理乃咩命を祀ったのが当社であるといいます。平安時代の「延喜式」には「后神天比理乃咩命神社大、元名洲神」とあり、洲神には「スサキノ神」と訓があります。鎌倉時代には源頼朝の崇敬をうけ、石橋山合戦に敗れて安房へのがれた頼朝が当社へ参詣し、田地を寄進しているほか、北条政子の安産祈願もしています。また戦国時代の初めには太田道灌が当社の神を江戸城近くに勧請して神田明神とするなど、広い信仰がありました。里見氏からは4石の社領をうけ、江戸時代にも幕府から5石の社領を与えられていました。境内には文政3年の石標があり、拝殿の篇額は松平定信の筆になるものです。また3巻の当社縁起をはじめ、本殿や「オカモジ」といわれる神体髪が市の指定文化財になっているほか、8月に行われる「洲崎踊り」や神社裏の御手洗山の自然林は県の指定をうけています。

◇交通 JRバス洲の崎神社前下車徒歩2分