身分とくらし 

 里見氏の移封後は幕府の代官中村弥右衛門尉が事後処理を行ない、その後北条藩や館山藩などの小藩領や旗本・御家人領、天領、寺社領が複雑にいりくみ、多くが相給村落となりました。そのなかで人々の生活につながりを与えたのが信仰心で、那古寺を中心とした安房の観音信仰は盛んでした。宝暦頃には安房全域から浄財を集め、元禄地震で倒壊した那古寺の再建を行なっています。またそのような自由な活動をする反面、領主の圧政に対する義民伝承も残っており、大神宮村の七人様や、北条藩屋代家領内の三義民などの騒動もおこりました。