平地が少ない上総や安房では、狭くて斜度がきつい丘陵上に集落が営まれています。木更津市マミヤク遺跡の2カ所の祭祀(さいし)跡も傾斜面中腹にあり、ここから西に三浦半島と富士山を望むことができました。このうち5世紀中ごろの祭祀跡は南北約4m、東西約3.5mの大きさで200点以上の土器と2,000点以上の臼玉(うすだま)を中心とする石製模造品や鉄製模造品などが出土しています。もっとも注目されるのは、鎌・鏃(ぞく)などの実用鉄製品と、鋤(すき)先・鎌などの農工具を摸(も)した鉄製模造品が混在(こんざい)していたことです。実用品使用から模造品使用への過渡(かと)的なかたちを表していることは言うまでもありませんが、古墳の副葬(ふくそう)品にも匹敵するような内容の鉄製品の使用は、ここでの神まつりに特別の意義があったことを示しています。集落で行われた石製模造品使用の神まつりとしては古い段階のものです。